チョビはその名の通り 掌にちょこんと乗るくらい 小さな子犬の頃に 

Ⅿさん夫妻の元にやってきた 雑種犬でした

奥さんのM子さんは 朝に夕に チョビを連れて お散歩に出かけていました

我が家の前の道路も チョビの毎日のお散歩コース

 

仕事の合間に 外で ぷかぷか タバコタイムの夫

数年前のある日 何を思ったのか 散歩の途中のチョビに 

家にあった 黒糖のドーナツ菓子をあげたのです

こんな揚げたドーナツたべるのかな~と思ったのですが

チョビには 案外好物だったようで

その日から 朝夕のチョビの散歩の楽しみ いや 夫の楽しみになっていきました

夫の姿を見かけると チョビは しっぽをフリフリ 近づいてきます

夫も 嬉しそうに チョビの頭を撫でてやっていました

夫とチョビは 仲良しこよし でした

 

そのチョビも 16年の歳月が流れ 人間でいうと 相当なご長寿になるのだと Mさんから聞かされました

最近では 歩くのもおぼつかなくなって 足を引きづったようにして歩いていました 

この坂を上ってくるのも 可愛そうなくらい辛そうでしたけれど

M子さんは 「歩けなくなると かわいそうだから 出来るだけ 動かしてやらないと」と

連れ出していました

チョビも この坂を頑張ったら ご褒美に お菓子をもらえる・・のが楽しみで

食べると 途端に歩くのをやめて 帰りは M子さんが 抱っこしたようにして連れ帰っていました

 

 

大概 チョビが来る時間を見計らって 夫も ぷかぷかタイムを取って休んでいたのですが

夫が轆轤からはなれられないときは 私が チョビに ドーナツをあげていました

チョビが元気な時は 私の指まで がぶりッ と かまれそうで 恐々でしたが

最近では チョビの口元まで 近づけないと 気づかなくて

「もう目が見えなくなっているみたい」 と M子さんは 寂しそうに チョビを見ていました

 

ある日 Ⅿさんのおうちの前を通りがかったとき 

犬小屋をのぞくと どこかの猫がきて チョビの餌を横取りしていました

その猫を追い払って 「チョビ ちゃんと食べんと元気出んよ」と 私が言うと

聞こえていないのか 静かな目をして寝そべったままです

 

その数日後も その猫がまた チョビの餌をあさっていたのですが

チョビは すぐそばで  

「食べたいなら 食べていいよ・・」と 猫を追い払うこともなく

じっと そばで猫の様子を見守っているようにさえ見えました

 

 

雪が降る寒い日の朝 Mさんから 

「チョビがいなくなったの・・ もし 散歩の途中で見かけたら教えて」と連絡があり

夫も 朝の散歩のコースを変えて ありこち 探していましたが 見つかりません

「あんな弱った脚で 遠くには行けないよね・・・」 我が家でも話していました

 

中々 みつからないまま 数日が過ぎた朝 散歩から帰ってきた夫が

「チョビが見つかった」と 一言

その先 何も言わない夫に わたしも何も聞けなくて・・・

 

後で M子さんが 夫に「ありがとうね」と 言葉を詰まらせてやってきました

M子さんも 夫も 私も 言葉にならない瞬間でした

チョビは M子さんのことを思って 最後を見せたくなかったのかもしれない 

夫が見つけてくれて よかった

 

 

夜半 寝床の中で 弱った体だとは思えない程 大きな声で いつも吠えていたチョビ

以前は うるさいな~チョビ と思っていたのに

最近では チョビの声がすると 「アッ 今夜も元気だ」と ホッとして 私も眠りについていたのに・・・

もう 声が聞けない

 

 

M子さんと 会うたびに 涙ぐんでしまう日々が続いたけれど

チョビは Mさん夫妻に可愛がられて 長生きしたものね

きっと 幸せだったよね

夫と そんな言葉で 寂しさを紛らわせています・・・